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2018年7月

SIMONE FELICEとUKロック4人組、PEACEが説く「慈愛こそが新しいロックンロール」

Simonefelice

 
 
メンバーたちと文字通り膝を突き合わせて作ったルミニアーズの『Cleopatra』がアメリカとイギリスでNo.1ヒットになったことで、プロデューサーとしてのサイモン・フェリースのキャリアは開けていった。しかし、その一方でプロデューサー業が忙しくなったせいなのか、今年4月にサイモンがリリースした3作目のソロ・アルバム『The Projector』は、前作『Stranger』から4年ぶりの作品になってしまった。
 
 
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The Projector / Simone Felice (New York Pro)
 
 
サイモンの歌が大好きな僕としては、シンガー・ソングライターとしての自身の活動にももっと時間を使ってほしいと思わずにいられないが、前2作を凌駕する『The Projector』の凄みを考えると、こういうアルバムはそうそう作れるものではないのかもしれない。
 
メランコリックなバラード路線という意味では、前2作と変わらないものの、『The Projector』は音数の削ぎ落とし方が尋常ではない。ジェームズ・フェリース(フェリース・ブラザーズ)、フォー・テットら、複数のゲスト・ミュージシャンを招いているにもかかわらず、大半がギター、あるいはピアノの弾き語り――それもほとんどがコードを鳴らしているだけで、フレーズらしいフレーズを奏でているわけではないんだから、よっぽど歌と歌詞に自信があったのんだろう。 
 
 
 
 
感情を殊更に露にするわけではないが、魂の躍動をにじませながら、祈るようにサイモンが歌うのは、たとえ世界が崩壊したとしても、誰にも無垢な魂を傷つけることはできないというメッセージだ。
 
信念に貫かれたサイモンの歌声に思わず胸が熱くなる。
 
ちょっとしゃがれたサイモンの歌声を包み込むアンビエンスの作り方も見事だ。レイチェル・ヤマガタ、ナターシャ・カーン(バット・フォー・ラッシーズ)が加えるバッキング・ヴォーカルとともに『The Projector』の聴きどころの一つになっている。
 
ところで、プロデューサーとして精力的に仕事をしているサイモンの最新プロデュース作が、イギリスの4人組ロック・バンド、PEACEが今年5月にリリースした3作目のアルバム『Kindness Is the New Rock and Roll』だ。
 
 
Peace PEACE
 
 
いかにもUKロック然としたPEACEとサイモンの組み合わせは、かなり意外だったが、サイモンが拠点としているウッドストックの森に囲まれた丘の上のスタジオでレコーディングした『Kindness Is the New Rock and Roll』を聴いてみると、バンドが新しいサウンドを求めていたことがよくわかる。
 
 
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Kindness Is the New Rock and Roll / PEACE (Ignition)
 
 
中でもゴスペル風のコーラスを加えた「Kindness Is the New Rock and Roll」、PEACE流のR&Bなんて言える「Silverlined」、トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズを連想させる「From Under Liquid Glass」の3曲は、バンドの挑戦の成果と言ってもいい。
 
 
 
 
 
 
バンドのフロントマン、ハリー・コイザーは、「都会っ子の自分たちにとってはホビット風の経験だった」というレコーディングについて、こんなふうに振り返っている。
 
「サイモンはサウンドをまったく手掛けないんだ。その代わりに魂に入り込む。レコーディング・ブースに連れて行って、心を動かしてくれたり、キャッツキル山地にドライヴに連れ出して、松の匂いを嗅ぐんだ!さあ、小川で顔を洗ってこい!とリフレッシュさせてからまたスタジオに連れて行ってくれたりした。(自分に)あんな歌い方できるなんて思ってなかったよ。サイモンが見出してくれたんだ。実際に手で僕の胸板をマッサージして、あの声を出させてくれた」
 
ハリーが言っている「サウンドを手掛けない」というのは、サイモンはアレンジャーではないということだろう。近頃はアレンジやトラック・メイキングをプロデュースと言うことが多いが、サイモンはそういうタイプのプロデューサーではないということだ。
 
それを考えると、サイモンの影響は、音楽面だけに止まらず、精神面に表われているんじゃないか。中でも21世紀の世の中にラヴ&ピースを訴えかける「Kindness Is the New Rock and Roll」のタイトルなんて、サイモンがいかにも言いそうだ。
 
慈愛こそが新しいロックンロール――。
 
そう思って、ソングライティングのクレジットを確認したら、“Koisser / Archer / Felice”とあった(Archerは、ゲム・アーチャーか?)。因みに全10曲中、唯一の共作曲。
 
もちろん、それが誰のアイディアなのかはわからない。しかし、世界の崩壊を感じ取っているサイモンにとって、誰が言い出したにせよ、そのスローガンと言うか、メッセージは切実なものだったはず。
 
慈愛こそが新しいロックンロール。新しいロックンロールを世界中に広めるんだ――。
PEACEの4人とサイモンは、そんな使命感を胸にアルバムのレコーディングに取り組んでいたのかもしれない。
 
『Kindness Is the New Rock and Roll』は、ルミニアーズの『Cleopatra』と並ぶサイモンの代表作になるに違いない。

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