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Benjamin Bookerが語るジャズでもファンクでもないニューオーリンズのミュージック・シーン

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フジロック・フェスティバル2015における熱演が記憶に新しいベンジャミン・ブッカーが今年2月、初めて日本にやってきたとき、おもしろいことを教えてくれた。
 
なんでも、彼が現在、拠点にしているルイジアナ州ニューオーリンズではハリケーン・カトリーナ以降、全米各地からニューオーリンズに移り住んできたミュージシャンによって、ジャズでもファンクでもないルーツ・ミュージック・シーンが活況を呈しているという。
 
その筆頭がアラバマ・シェイクスのツアー・サポートを務めたことと昨年、ATOからリリースした『Small Town Heroes』によって、ついに全米規模の注目を集めたフレイ・フォー・ザ・リフ・ラフ(HURRAY FOR THE RIFF RAFF)のアリンダ・リー・セガーラだ。
 
 
Hurrayfortheriffraff
 
ニューヨークのブロンクスで生まれ育った彼女はアーニー・ディフランコ、ビキニ・キルといったミュージシャン/バンドに加え、詩人のオードリー・ロード、政治活動家のアンジェラ・デイヴィス、女優のラヴァーン・コックスらの影響の下、自我に目覚め、17歳で家を飛び出すと、ヒッチハイクと貨物列車で全米各地を放浪しながら、やがて路上を主な活動場所としているフォーク/ブルーグラス・バンド、デッドマン・ストリート・オーケストラにウォッシュボード奏者として加入。
 
その後、07年、19歳の時にバンドのホームタウンであるニューオーリンズに辿りつくと、自らフロントに立ち、フォーク/ブルーグラスをベースにR&Bや古いジャズにもアプローチするバンド、フレイ・フォー・ザ・リフ・ラフをスタートした。
 
アラバマ・シェイクスのブリタニー・ハワードが客演
 
その後、アリンダが続けてきた活動が『Small Town Heroes』をきっかけに花開いたことはすでに書いたとおりだが、一時期、そのフレイ・フォー・ザ・リフ・ラフに参加していたサム・ドアーズも高校卒業後、ウディ・ガスリーとジャック・ケルアックに憧れ、アメリカ各地を放浪した経験の持ち主だ。
 
彼がなぜニューオーリンズに辿りついたかその経緯はわからないが、アリンダに出会ったことをきっかけにニューオーリンズで音楽活動を始めると、いくつかのバンドを経験してから、10年にオクラホマで開催されたウディ・ガスリー・フェスティバルで知り合ったライリー・ダウニングとタンブルウィーズを結成。ライリーはサムと出会う以前は、ミズーリの農場で働いていたそうだ。
 
サム・ドアーズ+ライリー・ダウニング&ザ・タンブルウィーズ名義で『Hot Cross Blues』というアルバムをリリースしたのち、同名バンドがスウェーデンにいることがわかったため、彼らはメンバー・チェンジを機にメンバーが住んでいた通りの名前に因んでデスロンズ(THE DESLONDES)に改名。
 
Thedeslondes
 
今年6月、ニュー・ウェスト・レコードからセルフタイトルのアルバムをリリースした。カントリー、R&B、ロックンロール、それにラグタイムの影響が絶妙に入り混じるサウンドは、フレイ・フォー・ザ・リフ・ラフのアルバム同様、ベンジャミン・ブッカーが言うジャズでもファンクでもないルーツ・ミュージック・シーンの活況を想像させるものだった。
 
 
そして、大学卒業後、NPO団体の仕事を得て、ニューオーリンズにやってきたベンジャミン・ブッカーを歓迎したのがアリンダとサムだった。
 
Benjaminbooker
 
その後、ATOがベンジャミンに契約を申し出たとき、ベンジャミンはすでにフレイ・フォー・ザ・リフ・ラフのアルバムをリリースしていたATOに興味を持っていたため、契約はスムーズにまとまった。
 
 
日本にもやってきたベンジャミンをはじめ、アリンダのフレイ・フォー・ザ・リフ・ラフもサムのデスロンズも今では、アメリカ国内だけに止まらない活動を始めたため、ニューオーリンズでライヴをやることのほうが少なくなってしまったそうだが、ミューオーリンズは元々、音楽の盛んな町だ。彼らの活躍に刺激され、以前のニューオーリンズ・カラーに染まらないおもしろいバンドがもっともっと現れるかもしれない。
 
それも含め、ニューオーリンズ・シーンにはこれからも注目していきたい。

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