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2010年5月

JESSE MALIN interview

NYのロックンロール詩人が放った

起死回生の1枚

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(c)SEAN EVANS

まだ10代の頃、結成・解散を体験したハードコア・バンド、ハート・アタック。ニューヨーク・ドールズやデッド・ボーイズの遺志を受け継いだグラム・パンク・バンド、Dジェネレーションを経て、ソロ・シンガーに転じたジェシー・マリンは、いつしかニューヨークのロックンロール詩人と呼ばれるようになった。

ソウル・ブラザーとも言えるライアン・アダムスがプロデュースした『THE FINE ART OF SELF DESTRUCTION』(02年)をはじめ、これまでにリリースしてきたアルバムはライヴ盤、カヴァー集を含め、計5枚。

繊細な歌心をアピールしたソロ・キャリアは、ハート・アタックはもちろん3枚のアルバムを残したDジェネレーションでも成し遂げられなかった高い評価をマリンに与えた。中でも尊敬するブルース・スプリングスティーンが客演した3rdアルバム『GLITTER IN THE GUTTER』(07年)は、マリンの音楽人生のハイライトの1つに数えられるにちがいない。

順風満帆――。

誰もがそう思っていた。しかし、マリンはこの数年、ミュージシャンとしてすっかり燃え尽きてしまっていたという。

確かにマリンが08年にリリースした2枚のアルバムはライヴ盤とカヴァー集だった。

芝居がかった言葉で周囲を煙に巻くマリンのことだから、どこまで本気なのか眉唾ではあるけれど、「引退」の2文字も頭を過ぎったという。

つまり、起死回生――。

3年ぶりのスタジオ・アルバムとなるジェシー・マリン&ザ・セント・マークス・ソーシャル名義の最新作『LOVE IT TO LIFE』の素晴らしさ……特にアルバム全体に漲るエネルギッシュかつポジティヴなヴァイブは、そういうことらしい。

新バンド結成が40男のロックンロール魂に再び火をつけたことは言うまでもない。マリンはバンドのメンバーであることを、言い換えれば、信頼できる仲間達と音楽を作ることを明らかに楽しんでいる。

レコーディングにはメンバーに加え、ライアン・アダムス&マンディ・ムーアー夫妻、Dジェネレーション時代のバンド・メイト、ジョー・シブ、ガスライト・アンセムのフロントマン、ブライアン・ファロンら、友人達が駆けつけた。

グラマラスなロックンロールに加え、胸にしみるスロー・ナンバーも収録した『LOVE IT TO LIFE』。バンド時代とソロ転向後のキャリアを一つにまとめたという意味でもマリンの傑作だと僕は考えている。

まさに面目躍如――。

そこには決して飼いならせない野性と誰にも癒せない孤独を持ったロックンローラー、ジェシー・マリンが屹立している。

●昨年、ビリー・ジョー・アームストロング(グリーン・デイ)のアデライン・レコードを離れ、今、波に乗っているサイドワンダミー・レコードに移籍しましたね? 

「サイドワンダミーの共同オーナーであるビル(・アームストロング)とジョー(・シブ)とは、かれこれ15年のつきあいなんだ。彼らがハリウッドにある小さな部屋でレーベルを始めた頃から知っているんだよ。その頃はまだ、パンク・ロックの7インチ・シングルをリリースしていて、俺とはカラーが違った。でも、それからチャック・レーガンとかガスライト・アンセムとかゴーゴル・ボルデロとか、所属アーティストの顔ぶれもずいぶん多彩になっていっただろ? レーベルのスタッフもいい奴らばかりなんだよ。働き者ばかりだしね。それに俺が行きたいと思わなければ、イカれたワープド・ツアーに参加しなくたっていいんだ(笑)。俺は俺らしいやりかたで音楽を作っていればいいんだよ。それにね、サイドワンダミーはアナログ盤もリリースしているだろ? それもサイドワンダミーを気に入った理由の一つだね」

●Dジェネレーション時代から、あなたのアルバムを聴いてきましたけど、4月にリリースした『LOVE IT TO LIFE』は、これまででベストと言える作品ですね。ただ、『LOVE IT TO LIFE』を作る以前、あなたが自分の進むべき道を見失っていたと聞いてびっくりしたんですけど、音楽の世界から引退することも考えていたんですか?

「ああ。銀行を襲って、赤ん坊を作って、以前、やったことがある結婚式のDJか、スタンダップ・コメディアンにでもなろうと考えていたんだ(苦笑)。だけど、曲がまた俺に語りかけてきたんだよ。ギターを手に取ったとたん、幽霊とか、女の子達とか、酒のボトルとかに導かれ、俺はまた自分が進むべき道を見つけた。そうだね。俺はいつでも、もっともっとって思わずにいられない性質なんだけど、『LOVE IT TO LIFE』にはとても満足しているよ」

●曲をまた作りはじめるきっかけって何かあったんですか?

「サリンジャーのドキュメント映画に何曲か曲を書いてほしいって頼まれたんだよ。それと、プロデューサーのテッド・ハットに会ったことかな。テッドはとてもワイルドで並外れた才能を持ったプロデューサーなんだ。それとね、曲のアイディアを書き溜めたノートの束と傷ついた心を持て余して、途方に暮れている俺を支えてくれた彼女の存在も大きいよ」

●新しいバンド、ザ・セント・マークス・ソーシャルは、どんなふうに生まれたんですか?

「友人のドン・ディレゴと2人で始めたんだ。だけど、俺達は誰に対してもオープンだから、あっという間に人数が増えていった。それから、全員で、俺のアコースティック・ギターに合わせ、俺のリズムと俺が信じているものを曲にしていったってわけさ」

●バンドのメンバーでいることは居心地いいですか?

「ああ。ギャングのメンバーになったような気分だね。ソロはソロでね、やりたいことをやりたいようにはできるけど、場合によっては、自分自身を曝け出さなきゃいけない。俺はバンドもソロも好きなんだ。その両方をできる自分はとてもラッキーだと思うよ」

●『LOVE IT TO LIFE』を作るとき、どんな作品にしたいと考えていましたか?

「本当はさ、もうちょっと違うグルーヴとリズムを使って、ポール・サイモンとかウィルコとかニール・ヤングとか、そういう作品になるんじゃないかと思っていたんだ。だけど、P.M.A.(Positive Mental Attitude)が宿った黒いレスポールで曲を書きはじめたとたん、歪みと不協和音と絶望が吹き出してきたんだ。23曲レコーディングした中から最終的にテッド・ハットが10曲に絞りこんだ。不必要なものを取り除いたサウンドが俺を、俺がいるべきところにまた連れ戻してくれたのさ」

●レコーディングでは、Dジェネレーション時代のバンド・メイトやライアン・アダムス夫妻ら、多くの友人達が参加しましたね。レコーディングにおけるMVPを一人挙げるとしたら?

「もちろん、全員さ。まぁ、強いて一人挙げるとするなら。ドラムのランディ・シュレイガーかな。奴は怪物だよ。3日間で23曲のドラムをレコーディングしちまったんだぜ! でも、参加した全員がこのレコードに多くの魂を吹き込んでくれた。俺は感謝の気持ちでいっぱいだよ」

●『LOVE IT TO LIFE』というタイトルはジョー・ストラマーがチケットの半券にサインと一緒に書き添えてくれた言葉だそうですね。なぜ、それをアルバムのタイトルにしようと思ったんですか?

「なぜって、俺にとってこれは趣味なんかじゃないからさ。人生そのものなんだよ。生きるってことは、毎日が困難や無気力、恐怖との闘いじゃないか。俺はね、音楽って言うのは常に、そういう毎日から自分自身を解放するものだと信じているんだよ。もちろん、たとえそれがたった3分の間だけだったとしてもね」

●サインは、いつどんなふうにもらったんですか?

「メコン・ウィスキーを飲みながら、香港カゼと闘っているシェイン・マガウアンの代わりにジョーがポーグスのフロントに立っていた時だよ! ジョーは本当の意味で影響力を持ったアーティストだった。彼は多くのミュージシャンにとってインスピレーションの源でありつづけたし、これからも多くのミュージシャンが彼が残したものから多くのことを学ぶにちがいない。音楽のルーツとかロックとかラスタとか、前向きなヴァイブとか、贖罪とかね。彼は俺達の時代のエディー・コクランだったと言ってもいい。一杯のテキーラと自己革命、そして幾つかの失敗作。そんなものを併せ持った人だったね」

●ところで、バッド・ブレインズからポール・サイモンまで、多彩なアーティストの曲を取り上げたカヴァー・アルバムの『ON YOUR SLEEVE』は、あなたの豊かなバックグラウンドを物語るものですね。それだけいろいろな音楽を聴いてきたあなたが最初に夢中になったアーティストって誰だったんでしょう?

「俺が初めて買ったレコードはエルトン・ジョンの“クロコダイル・ロック”だよ。曲に合わせて、よくベッドの上で飛び跳ねたもんだよ。エルマー印の接着剤のビンをマイク代わりに持って、エア・ギターしながら、しょっちゅうベビーシッター達を口説いていたよ(笑)。それからケチャップとアルミホイルでキッスのコスプレをしていた時代を経て、俺はパンク・ロックにハマッていったんだ。パンクのDIY精神は俺達に3コードとやる気さえあればいいんだって勇気をくれた。俺はハートとソウルがあれば、どんな音楽でも好きだよ。幸せと悲しみを同時に味わわせるような歌だったら最高だね。たとえばサム・クックなんかそうだよね。彼の歌は1冊の本と同じぐらいの感動があるよ」

●そんなあなたにとってオールタイム・ヒーローは? ジョー・ストラマー? それともブルース・スプリングスティーン?

「何人もいるよ。その日の気分によって違うんだ。もちろん、ジョーもブルースも俺のヒーローさ。それにレニー・ブルースとかジョン・カサヴェテスとかディッキーズのレナード・グレイヴス・フィリップスとか。俺の姉さんのジュリエットやおじいちゃんのアーサーも俺にとってはヒーローだ。街角の雑貨店とかタクシーとかポルノショップで出会った人達がヒーローに思える時もある。ヒーローはどこにだっているのさ。ただ、時々、見つけるのが大変なこともあるけどね。この間、パティ・スミスの『JUST KIDS』って自伝に感銘を受けたんだ。そこにはニューヨークの歴史とともに愛と希望の光が書かれていたよ」

●今日はありがとうございました。

「こちらこそありがとう。ピース&ラヴ」

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LOVE IT TO LIFE/JESSE MALIN & THE ST.MARKS SOCIAL(SIDEONEDUMMY SD1415-2)

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メイレイ3年ぶりの新作が完成

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マイク・ネイダー(右端)が学業に戻ったためドラマーがデレク・リーに交代

「永遠のハーモニー(Built To Last)」のヒットによって、ここ日本でも多くの美メロ・ファンを虜にしたオレンジ・カウンティの4人組メイレイの新作がついに完成。

日本デビューから2年。前作『デヴィルズ&エンジェルズ』の本国リリースから数えれば、実に3年ぶりの新作だ。

まだタイトルもつけられていない出来立てホヤホヤの新作を聴かせてもらった。

ちょっとウェットな美しいメロディーを軸にロックからバラードまでを聴かせる彼らの持ち味は変わらないものの、その中でアフリカ音楽の影響(?!)を取り入れたり、エレクトロなダンス・ビートを使ったり、クイーンが日本語で歌った「手をとりあって」をカヴァーしたりと、新しいことに挑戦しようという意欲が窺える。

プロデューサーはヴェルヴェット・リヴォルヴァーなど、ヘヴィ・ロック系を中心に硬軟幅広いアーティストを手掛けるジョシュ・エイブラハムとU2、R.E.M.、ウィーザーなどを手掛けたジャックナイフ・リー。

「永遠のハーモニー(Built To Last)」に匹敵する名曲が生まれそうな予感もあり!

リリースは7月21日!!

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熱帯音楽酒場ロス・バルバドス

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大学時代のバンド・サークルの友人がだんなさんと渋谷で新しい店をオープンした。

アラブ&アフリカ料理とワインの店。

たくさんの人種が行きかう、雑多でちょっといなたい「裏パリ」にあるような店を意識したそうだ。

渋谷駅周辺の喧騒を離れ、ゆっくりとうまい料理と酒を味わうことができる。

毎日、ランチもやっているそう。

電波の関係で、携帯電話が入りづらいというのもいいね。

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ビルの外にあるこの看板が目印

熱帯音楽酒場ロス・バルバドス
住所:渋谷区宇田川町41-26 パピエビル104
電話:03-3496-7157
営業時間:月~金11:45~~24:00 土・祝日15:00~24:00 
定休:日曜日

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クリス・シフレット

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フー・ファイターズやミー・ファースト&ザ・ギミ・ギミズのギタリストとして活躍するかたわら、自らがフロントに立つバンド、ジャクソン・ユナイテッドで精力的にソロ活動も行ってきた。

08年にギミ・ギミズのメンバーとして来日したときには、「テレビのドキュメント番組の音楽を作っている」と言っていた。

昨年は、10代の頃大好きだったハノイ・ロックスのギタリスト、アンディ・マッコイのリアル・マッコイ・バンドのギタリストとしてステージに立った。

今年のSXSWではビリー・ブラッグとウェイン・クレイマー(元MC5)のジェイル・ギター・ドアーズUSAのメンバーとしてトム・モレロらとギター・バトルを繰り広げた。

そんなロック界のワークアホリック、クリス・シフレットがChris Shiflett & The Dead Peasants名義で新作を完成させた。

クリスによると、カントリー、ロカビリー、ルーツ・ロックの影響が色濃いロック作品だという。

ベースのデイヴィー・ファラガー(エルヴィス・コステロ&ジ・インポスターズ他)、ペダル・スティールのグレッグ・リーズ(ウィルコ他)、ヴァイオリンとマンドリンのスティーヴィー・ブラッキー(ベック他)ら、ベテラン・ミュージシャン達が参加。

これまでとはかなり趣の違う(渋い?!)作品になっていそうだ。

楽しみ。

リリースは7月13日!

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MURDER BY DEATH interview

ワイルド・ウエスタンな世界観を打ち出したゴシック・ロック・バンド

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(c)Bill Adams

ヴェイグラント・レコードがボルチモアのロックンロール・バンド、J・ロディー・ワルストン&ザ・ビジネスと契約したと聞き、ちょっとびっくりしながらも、なるほどと思った。

ゲット・アップ・キッズやダッシュボード・コンフェッショナルの成功とともにエモ・シーンを代表するレーベルという評価を確かなものにした2000年代前半も今は昔。実は、その当時からエモ以外のジャンルのアーティストにも興味を示していたヴェイグラントは今や、エモに止まらない多彩なアーティストを擁するレーベルに発展した。

むしろ、現在ではエモ系のバンドのほうが少ないぐらいなのだが、所属バンドの顔ぶれを眺めてみると、ホールド・ステディーを筆頭に、そこに、これまで以上にアメリカン・ロック色濃い、場合によっては、アメリカーナ――よりアメリカ的なものへの回帰と表現してもいい一つの流れがあることに気づく。

前述のJ・ロディー・ワルストン&ザ・ビジネスは、まさにそんな流れを、今後担っていくべき期待の存在だと思うのだが、アメリカーナと言えば、サウンドのみならずヴィジュアルも含めワイルド・ウエスタンかつサザン・ゴシックな世界観を強烈にアピールしているマーダー・バイ・デスの存在を忘れることはできない。

インディアナ州ブルーミントン出身の4人組。結成は2000年。

結成間もない頃、ブルーミントンにやってきたサーズデイと共演したとき、サーズデイのフロントマン、ジェフ・リックリィに気に入られた彼らは、リックリィの推薦によって当時、サーズデイが所属していたアイボール・レコードと契約を結び、02年8月、1stアルバム『LIKE THE EXOCIST, BUT MORE BREAKDANCING』を発表。

その後、レーベルを転々としながらリリースを重ね、決して万人受けはしないものの、中毒性の高い漆黒のゴシック・ロックによって、ファンを増やしつづけてきた。

08年からは、すでに書いたようにヴェイグラントに所属。今年4月にはヴェイグラント第2弾アルバムとなる『GOOD MORNING, MAGPIE』をリリースして、成熟したバンドの姿をアピール。3月のSXSWではヴェイグラントのショウケースに出演。J・ロディー・ワルストン&ザ・ビジネス、ブラック・レベル・モーターサイクル・クラブらとともに現在のヴェイグラントのレーベル・カラーを印象づけた。

イギリスを含むヨーロッパ・ツアーを目前に控えたバンドを代表して、フロントマンのアダム・ターラ(Vo, G)がインタビューに応じてくれた。

●女性チェロ奏者を擁するマーダー・バイ・デス(以下MBD)は、その編成からしてユニークなバンドだと思うんですけど、結成したときからサラ・バリエット(チェロ、キーボード)はメンバーだったんですか?

「もちろん! バンドを始めてかれこれ10年になるけど、サラは最初からメンバーだったよ」

●そもそもMBDはどんなふうに始まったんですか?

「俺達は元々、飲み仲間だったのさ。で、ある時、全員が何かしら楽器ができることに気づいた。それで、じゃあバンドでもやってみるかってことになったわけさ」

●なるほど。そこにたまたま、チェロが弾けるサラがいたというわけですね。その時は、どんな音楽を演奏したいと考えていたんですか?

「俺達はただ、それまで聴いてきた音楽とは全然違う音楽を演奏したかっただけだよ。もっとも、自分達が何をやりたいのかはっきり理解するまでに2、3年かかったけどね」

●インディアナ州のブルーミントンは、多くの日本人にとってそれほど馴染みがあるわけではありません。どんなところなんですか?

「農場に囲まれた小さな町だよ。大学もあるけど、音楽シーンはまだまだこれからだね。でも、俺達はブルーミントンが大好きなんだ。ツアーから戻ってくるにはいいところさ。鹿とか、たくさんの種類の鳥とか、大きな町をツアーしていると見られないものを、ここに帰ってきて目にするとホッとできるんだよ」

●結成したときはリトル・ジョー・グールドというバンド名だったそうですね。その後、現在のMBDに改めたそうですけど、そのバンド名は76年の同名映画(日本では『名探偵登場』というタイトルで知られている)からつけたそうですね。

「そう。言葉としては意味のないジョークではあるんだけど、ダークな響きのあるそのタイトルが気に入っていたんだ。その映画は殺人ミステリーのパロディーで、俺達は子供の頃、それを見てずいぶん笑ったよ。それをバンド名にしたらおもしろいんじゃないかって思いついたんだ。多くの人達がバンド名のせいで、俺達のことをデス・メタル・バンドだと勘違いしているみたいだけどね(笑)」

●MBDの音楽を初めて聴いたとき、ジョニー・キャッシュとかニック・ケイヴとかを思い出しました。メンバーはどんなバンドに影響を受けているんでしょうか?

「サラは元々、クラシック畑の人間だけど、俺はブルースを学んでいた。ベースのマット(・アームストロング)はエクスプロージョンズ・イン・ザ・スカイとかモグワイとかのようなバンドが好きで、ドラムのデイガン(・ソガーソン)はハード・ロックとメタルの大ファンだ。つまり、MBDの音楽は、俺達全員が全然違う音楽を聴いてきたという事実に由来しているんだ」

●では、あなたに最も影響を与えたアーティストと言うと?

「アニマルズのシンガーだったエリック・バードンだね。低い声で歌っていたバードンが曲の盛り上がりで吠えるようにシャウトするところが堪らないんだ。音楽の趣味に関して、俺達は意見が一致したことがない。だから、誰それのように演奏しようと考えたこともないんだ。俺達の嗜好はそれぞれに違うけど、音楽に比べたら映画とか本とかのほうがまだ趣味が重なるかもしれないな」

●サウンドやヴィジュアル・イメージで打ち出している西部開拓時代やサザン・ゴシック風の世界観がMBDの大きな魅力ですね。

「歌詞を含め、曲を作るときは常にMBDならではの世界を作り出したいと考えている。リスナーがそこに浸れるような世界観を曲に持たせたいんだ。俺達の歌の世界に描かれている無法地帯とか、ならず者とか、過酷な物語とかが西部開拓時代を思わせるんだろうね。だけど、周りの人達に言われるまで、俺自身はそれが西部開拓時代を思わせるとは考えたこともなかったよ。でも、MBDというバンドを理解するきっかけという意味では、それはなかなかいい指摘だね。俺達の曲のほとんどは作り話なんだけど、みんながその物語を楽しんでくれているならうれしいね」

●MBDが打ち出している、そういう世界観は21世紀の現代社会で生活しているアメリカ人にとってリアリティーあるものなんですか? 

「多くの人達にとって、MBDの音楽は現実逃避なんだと思うよ。俺達のライヴには時々、まるで俺達の歌の登場人物が現代に蘇ったんじゃないかと思える荒くれた連中も来るけど、ほとんどは歌の世界に浸りたいと考えている人達だ。もちろん、どちらのファンも俺達は大歓迎さ。アメリカについて言えば、静かで行儀のいい人達もいれば、クレイジーで、ケンカを始めるような物騒なファンもいる。本当にいろいろなお客さんが来るんだよ」

●つまり、MBDのファン層は幅広いと?

「そう、とてもね。20代から40代まで、いろいろ人達がいるよ。これまで俺達は本当に、いろいろユニークな人達に会ってきたよ」

●今年の4月にリリースした最新5thアルバム『GOOD MORNING, MAGPIE』について聞かせてください。アルバムを作るにあたっては、どんな作品にしたいと考えていたんですか?

「特にこれと言ったアイディアはなかったな。曲を書くため、俺は2週間、ひとりでテネシーの森に籠ったんだ。テントと釣竿と食料とノートパソコンを持ってね。10曲ぐらい書いたところで、それをバンドと仕上げるために家に戻ってきた。それがアルバム作りのスタートだった。それからずいぶん経ってから、1曲1曲のテーマが俺の旅の経験と密接に結びついていることに気づいたんだ。孤独、孤立、野生の生活、天気……そう言えば、俺が森にいる間、ずっと雨が降っていた。今振り返ってみると、けっこうきつい旅だったね(苦笑)。不思議なことに、ずいぶん後になるまで、その体験が曲に反映されていることに気づかなかったんだよ」

●タイトルのマグパイ(カササギ)は悪魔の使者だそうですね。

「カササギは興味深い鳥だよ。気性が荒くて、人を襲うこともあるらしい。奴らは盗っ人なのさ。宝石や光る小さな物を巣に運ぶんだよ。『GOOD MORNING, MAGPIE』って、いいタイトルだと思わないかい? 明るい響きと同時に暗さや鋭さも感じられる。『GOOD MORNING, MAGPIE』ってアルバムには、そういう相反する2つの面があるんだよ」

●現在、MBDはヴェイグラント・レコードに所属しています。ヴェイグラントと契約したとき、彼らはバンドに何を期待していたと思いますか?

「さあ、どうだろう? 彼らは俺達を歓迎してくれたけどね。俺達の音楽のファンだと言い、そのまま続けていってほしいと創作上の自由も与えてくれた。そのうえで俺達が作る作品をサポートしてくれるんだ。とても協力的なレーベルだよ」

●今後の予定は?

「そうだな。いつの日か日本に行けたらいいね。今年の秋にオーストラリアをツアーしようと考えているんだ。オーストラリアに行けるんだったら、きっと日本でもツアーできるんじゃないかな。俺達はずっと日本に行きたいと考えているんだよ」

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GOOD MORNING, MAGPIE/MURDER BY DEATH (VAGRANT  VR591)

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CHUCK RAGAN interview

フォーク・パンクのパイオニアとして活躍する元フロリダのエモ・ゴッド

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野郎臭さ満点の吠えるような熱唱――。

チャック・レーガンと聞いて、まず思い出すイメージはそれだろう。

フロリダのド直球エモコア・バンド、ホット・ウォーター・ミュージックのフロントマンとして90年代後半~00年代前半のパンク・シーンを駆け抜けたレーガンは06年にバンドを離れ、ソロ・アーティストに転向。エレキ・ギターをアコースティック・ギターに持ち替え、自らのルーツであるフォーク・ミュージックに真正面から取り組みはじめた。

しかし、その歌声が伝える熱情はこれっぽっちも変わらなかった。

いや、演奏がアコースティックになったことで、むしろレーガンの歌声はより剥き出しになったかもしれない。

躍進著しいロサンゼルスのレーベル、サイドワンダミーからソロ・アルバムをリリースするかたわら、レーガンは08年、アヴェイルのティム・バリー、ルセロのベン・ニコルズらとともに「ザ・リヴァイヴァル・ツアー」と銘打ち、むさくるしい男達がアコギをジャカジャカとかき鳴らしながらフォーク・ソングを歌うジョイント・ツアーを敢行した。

そのリヴァイヴァル・ツアーは全米各地で成功を収め、翌09年、前年よりも大幅にスケールアップして戻ってきた。そしてオーストラリアにも上陸。今年2010年も行われる予定だ。

フォーク・パンク・ブームのパイオニア――。

本人にそんな意識はこれっぽっちもないようだけれど、ソロ転向後のレーガンの活躍には、そんな称号がふさわしい。

昨年、最新ソロ・アルバム『GOLD COUNTRY』をリリースしたレーガンに話を聞くことができた。

●ホット・ウォーター・ミュージックを離れ、ソロ・キャリアをスタートさせた理由を、まず教えてもらってもいいですか?

「その時、ホット・ウォーター・ミュージックが陥っていたマンネリから離れたかったんだ。ツアーの繰り返しと、その単調さに疲れはて、俺はもう、いっぱいいっぱいになっていた。バンドを続けるために犠牲にしてきたものはあまりにも多かった。そういう生き方にうんざりしはじめたとき、そういう気持ちでバンドを続けるなんてまちがっていると思ったんだ。そこで立ち止まることに迷いはなかったよ。だって、音楽を止めようと思ったわけではないからね。俺達みんな、ただ休息が必要だったんだ。俺がバンドを抜けたあと、他の連中はドラフト名義で活動を続け、俺は俺の音楽を作ることに専念した。それはホット・ウゥーター・ミュージックをやっている頃からやってきたことではあったけど、それだけに時間を使うことってはなかったんだ」

●ホット・ウォーター・ミュージックの頃を振り返って、どんなことを思いますか?

「誇りに思っているよ。俺達はとても恵まれていたよね。できることはすべてやった。あの頃のことを思い出すのは楽しいよ。だけど、俺達はまだ終わったわけじゃないし、今もまだ、活動を続けているんだから、これからのことも楽しみなんだ。新曲だってもっと作りたいし、できることならいつか新しいアルバムも作りたい。もちろん、また日本にも行ってみたいよ」

※ホット・ウォーター・ミュージックは07年に再結成。現在、レーガンはホット・ウォーター・ミュージックとソロを掛け持ちしている。

●現在はソロ・アーティストとしてフォーク色濃い音楽をやっているけど、フォーク・ミュージックはいつ頃、聴きはじめたんですか?

「子供の頃、そういう音楽を聴いて育ったんだ。そういう音楽が俺を育てたと言ってもいい。フォーク・ミュージックは常に身近にあったよ。ただ、ある程度、歳をとるまでは、敢えてやろうとは思わなかった。15年、いや、20年ぐらい俺はフォーク・タイプの音楽も演奏してきたけど、この5年間、改めてそういう音楽に専念しているんだ」

●フォークでは、たとえばどんなアーティストを聴いてきたんですか?

「タウンズ・ヴァン・ザント、ボブ・ディラン、スティーヴ・アール、ボブ・シーガー、レッドベリー、ベン・ニコルズ、ティム・バリー、フランク・ターナー、ジョン・スノッドグラス(ドラッグ・ザ・リヴァー)……挙げ出したらきりがないよ(笑)」

●ここ数年、多くのパンク・ミュージシャンがアコースティック・ギター片手にフォーク・ソングを歌いはじめ、そんな動きは「フォーク・パンク」と言われ、急激に大きなムーヴメントになりつつあります。あなたはそんなムーヴメントのパイオニアと言ってもいいと思うんですけど。

「そんなふうに言ってもらえるなんて、とても光栄ではあるけど、俺にはもったいない。リヴァイヴァル・ツアーを始めたときは、もちろん興奮したけど、アイディアそのものはちっとも新しいものではなかった。今起こっていることは、たぶん俺達のシーン、あるいは俺達の世代にとっては新しかったかもしれない。でも、これまでどこにもなかったというわけではない。俺達はフォーク・ミュージックを愛する気持ちから、それをやっているけど、中には俺達とは違う理由でやっている連中もいるかもしれない。音楽のスタイルとかムーヴメントには常に流行りすたりがあって、今日、人気があるからって明日もまだ、人気があるとはかぎらない。本物と言えるものは、それがアンダーグラウンドのものだとしても、ちゃんと残るはずさ。流行だからというまちがった理由で、今、フォーク・ミュージックをやっている連中はいずれ消えるか、流行が変わったらまた違う音楽に移るだけだよ。俺達の周囲においては極々自然な進化であると同時に本物と、そうではないものをよりわけるために必要なことだったと信じているよ」

●リヴァイヴァル・ツアーについて聞かせてください。リヴァイヴァル・ツアーを始めたそもそものきっかけは?

「俺達が信じている音楽を、ファッションで音楽を聴いているわけではない人達に知ってほしいと考え、ワイフと俺が始めたんだ。見過ごされている才能がいっぱいいるんだよ。インディペンデントのアートや音楽をサポートするために自分達にできることをやるのは、とても大事なことだ。できることなら、影響や刺激を与えるという形で、そのバトンを誰かに渡して、同じようなことをしてもらいたい。ツアーを通して、最近のロックのショウに失われてしまった仲間意識を訴えたかったんだ。誰がヘッドライナーでもオープニング・アクトでもいい。そういうつまらない決まりごとをぶち壊したいんだよ。リヴァイヴァル・ツアーでは出演順は頻繁に変わるし、毎晩、違う。変わらないことは唯一、全員でショウを始めることと、全員でショウを終えることだけなんだ」

●リヴァイヴァル・ツアーを通して、何を蘇らせようと考えているんですか?

「人間らしさだよ。今までみんなが観てきたライヴ以上に刺激を与える音楽と演奏を届けたいんだ。だって、ライヴを観にきているんだって実感してほしいからね」

●リヴァイヴァル・ツアーに来るお客さんって、アメリカではどんな人達が多いんですか? 日本ではパンク/ハードコア・ファンの大半は、フォーク・ミュージックは自分達には静かで退屈なものだと思っているんですよ。

「リヴァイヴァル・ツアーが静かで退屈だなんてとんでもない! むしろ俺達がこれまでやってきたどんなライヴよりも騒々しいよ。もちろん、じっくりと曲を聴かせるようなところもあるけどね。ライヴはいつもエネルギーに満ちあふれ、感情の波と歌が情熱とともに混ざり合っているよ」

●若いパンク・ファンも来ますか?

「もちろん! 年上のお客さんだけではなく、パンク・キッズも来るよ。リヴァイヴァル・ツアーには幅広いお客さんが来る。思うに、その混じり合いがライヴを素晴らしいものにするんだ」

●昨年、リリースした3作目のソロ・アルバム『GOLD COUNTRY』についても話を聞かせてください。前作の『FEAST OR FAMINE』よりもフォーク色濃い作品だと思いました。『GOLD COUNTRY』を作るにあたっては、どんな作品にしたいと考えていたんですか? 

「気心の知れた友人達と作ることと、ライヴのサウンドに近づけたいと思っただけだよ。セルフ・プロデュースで作った初めてのアルバムなんだ。できるだけ生々しい作品にしたかった。前もって考えていたことは、それだけだよ」

●07年にオースティン・ルーカスと連名でリリースした『BRISTLE RIDGE』は、本格派のフォーク作品でしたけど、『BRISTLE RIDGE』を作った経験は、『GOLD COUNTRY』を作るとき役立ちましたか?

「どんなレコードでも次のレコード作りのインスピレーションやステップになると思う。また同じような作り方をするにしても違うやり方をするにしてもね。『BRISTLE RIDGE』のセッションは素晴らしかった。だって、参加ミュージシャンの半分が初対面だったにもかかわらず、全員が『せーの』で演奏して、6日間で終わらせてしまったんだからね」

●『GOLD COUNTRY』というタイトルの意味は?

「俺達が暮らしているところを、俺達はそんなふうに呼んでいるんだ。カリフォルニアのシエラネバダ山脈の麓にある丘なんだけど、1800年代のゴールドラッシュの時、そこら中で金が採れたらしい。俺にとっては、第2の故郷みたいなものだ。懸命に働きたいとか帰りたいとか思えるすべてがそこにあるんだ」

●そういう作品を通して、何を伝えたいと? 

「物語だよ。もっとも、それは『GOLD COUNTRY』に限ったことではなく、俺のすべての作品に言えることではあるけど、俺自身の物語や俺を刺激した物語を伝えたいんだ。俺にとって、音楽を作ることは、ある意味セラピーなんだよ。それに誰かに説教したり、どう生きるべきか他人に説いたりする権利が俺にあるとは思っていない。誰だって自分自身の心に従って生きるべきなんだ。もちろん、みんなが俺の音楽から何かを得たり、感じたりしてくれたら、それはそれで素晴らしいことだとは思う。だけど、そういう目的で音楽を作ったら大事なことを見失ってしまうだろうね。俺がそもそも音楽をやりはじめた本当の意味と理由をね」

●では、最後の質問です。あなたにとってフォーク・ミュージックの魅力とは?

「シンプルであることと正直さに尽きるね」

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GOLD COUNTRY/CHUCK RAGAN(SIDEONEDUMMY SD1403)

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ザ・デッド・ウェザー

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最新のアー写。ジャック・ローレンスがピンボケ・・・

ザ・デッド・ウェザーの2ndアルバム『シー・オブ・カワーズ』がすごい。

前作『狂おしき薫り』ももちろん、かっこよかったけれど、『シー・オブ・カワーズ』を聴いてしまうと、リハーサルに思えるほど。いや、リハーサルという表現は適当ではないか。

何と言うか、思うに前作はジャック・ホワイトと仲間達がキルズのシンガー、アリソン・モシャートを招いたジャム・セッションだったんじゃないか。それがワールド・ツアーを経て、現在はメンバー全員がそれぞれに主張するバンドに発展したことを確信させる。

前作のブルース・ロック路線を踏襲しながらも演奏は幅を広げ、ブルース・ロックはもはや構成要素の1つでしかない。

多彩と言うよりは、混沌。

ホワイト・ストライプスやラカンターズよりも好きかも。

『シー・オブ・カワード』は5月26日リリース。

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シー・オブ・カワーズ/ザ・デッド・ウェザーズ(ワーナー WPCR-13858)

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SISTER JET

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SISTER JETにインタビュー。

甘くせつないフォーク・ロックが新境地を思わせるニュー・シングル「キャラメルフレーバー」の制作裏話を中心に話を聞いた。

インタビューは5月27日発売のGiGS7月号に掲載。

「キャラメルフレーバー」のリリースは6月2日。

その4日後の6月6日には「SISTER JET 06/06 ALL YOU NEED IS LIVE AT 野音ワンマン」も決定!

なんと、昨日(5月10日)の19時30分~21時30分の間、野音ワンマンのスペシャル先行予約の電話をメンバーのWATARU.Sが直接受け付けるという前代未聞の企画もやっていたそう。

おつかれさま!

Pecf1019

キャラメルフレーバー/SISTER JET(P-VINE PECF-1019)

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ロッキー・エリクソン

Rokyerickson

ロッキー・エリクソン w/ オッカヴィル・リヴァー

「Goodbye Sweet Dreams」を聴き、きっといいんだろうなぁとは予想はしていたが、そんな期待をはるかに上回る素晴らしい作品だ。

ロッキー・エリクソン15年ぶりの新作『True Love Cast Out All Evil』。

エリクソンのホームタウン、テキサス州オースティンのインディー・ロック・バンド、オッカヴィル・リヴァーのフロントマン、ウィル・シェフがプロデューサーを務め、彼のバンドが演奏を担当した。

13thフロア・エレヴェイターズ時代の未発表曲も含め、これまでロッキーが書き溜めてきた60曲から厳選した全12曲は、「サイケデリック・ロックのパイオニア」という一面ばかりが殊更に喧伝されてきたエリクソンが実は美しい曲を作る音楽家だったということを、改めて印象づけるものだ。(東洋の神秘への興味を含め、13thフロア・エレヴェイターズのサイケデリックな要素はエリクソンではなく、作詞とジャグを担当していたトミー・ホールが担っていたんじゃなかったか。)

サイケデリックなロック・ナンバーからフォーキーな佇まいの楽曲まで、エリクソンのイメージを巧みに踏襲しながら、楽曲が持つ世界観を具現化したオッカヴィル・リヴァーの演奏も素晴らしい。

もちろん、ニューヨーク・パンクに影響を与えた13thフロア・エレヴェイターズ、あるいはドラッグによるバッド・トリップや妄想を、子供の頃から好きだったというB級ホラー映画のイメージに重ねたホラー・ロック時代のぶっとんだノリはない。

それを求めるならば、その頃の作品を聴けばいい。

05年にリリースされた2枚組のアンソロジー『I Have Always Been Here Before』がとても便利だ。

ようやく心の平安を見つけ、枯れた味わいの歌を聴かせるエリクソンが素晴らしい。

その中で唯一、60年代~70年代の荒々しさを髣髴とさせるロック・ナンバーの「John Lawman」はやはり異色曲ということになるのだろう。

歌詞もすごい。

I kill people all day long.
I sing my song.
Because I'm John Lawman.

この3行を、エリクソンが他の曲とは全然違う鬼気迫る歌声で吠えるように繰り返すんだから戦慄せずにはいられないではないか。

ロッキー・エリクソン。64歳。

その心にはまだまだ深遠な闇が広がっているようだ。

Truelove

True Love Cast Out All Evil / Roky Erickson with Okkervil River (Anti  87078-2)

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グリーン・デイのオフィスで

グリーン・デイのオフィスでくつろぐルセロのメンバー(ベンとロイ)をとらえた貴重な写真。

Luceroingreenday

当時(03年頃)のギタリスト、トッド・ギルの友人、ジェイソン・ホワイト(グリーン・デイのサポート・ギタリスト)がツアーでオークランドにやってきた彼らを招待してくれたんだそうだ。

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