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DIE MANNEQUIN interview

ケア・フェイリアー率いるダイ・マネキンが
ついに日本デビュー。
新たなロック・ディーヴァ誕生の予感!

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90年代オルタナの洗礼を受けながらも、よりパンキッシュで、さらにセンセーショナルなロックを奏でるダイ・マネキン。

06年のデビュー以来、カナダのロック・シーンでセンセーションを巻き起こしてきた彼女達がついに日本デビュー。11月4日にリリースされた『ユニコーン・ステーキ』は2枚のEPをカップリングした1stアルバムだ。

「カート・コバーンとキム・ゴードンが私のパパとママよ」と語るケアにインタビュー。多くのビッグネーム達を虜にしてきた、その魅力に迫る。

●ダイ・マネキンを始める以前、ブラッディー・マネキンズというバンドをやっていたそうですね。そのバンドでは、どんな音楽をやっていたんですか?

「今とそれほど変わらないわよ。そういう意味では、そのバンドがダイ・マネキンに発展した…って言うか、ダイ・マネキンの試作品って言うか(笑)。ブラッディー・マネキンズってバンド名は、最初のライヴで出番の直前にプロモーターが『おまえらバンド名は何ていうんだ?』って尋ねてきたから、でまかせにブラッドだかブラッディーだか忘れちゃったけど、テキトーに答えたのよね」

●そのバンドはどんなふうに始まったんですか?

「ああ、それはね、顔見知りのレオラって子から突然、電話もらって、『イギー&ザ・ストゥージズのトリビュート・ライヴで歌ってくれない?』って頼まれたから、『友達のエマも連れてっていい? それならいいわよ』って答えたのよ。その時は、それ1度っきりのつもりだった。だって、リード・シンガーになるつもりなんて、全然なかったからね。そしたら、ライヴがウケちゃって(苦笑)、いろいろなところから出演依頼が来て、成りゆきで自分が書き溜めていた曲を、リード・シンガーとして歌うことになったってわけ。その後、メンバー・チェンジを経て、バンド名をダイ・マネキンに変えたのよ」

●ダイ・マネキンを始めたとき、こんなバンドにしようって何かアイディアはあったんですか?

「そんなのなかったわよ。ハハ。だって、私、そんなに頭良くないもん。何でもありだった。確かにソニック・ユース、メルヴィンズ、ブロンド・レッドヘッド、ダイナソーJr.、イギー&ザ・ストゥージズ、ニール・ヤングなんかから影響は受けていたとは思うけど、でも、そういう影響って必ずしも音楽に現れるとは限らないのよね。ヘンなふうに聞こえるかもしれないけど……たとえば、私、ソニック・ユースの『GOO』とダイナソーJr.の『グリーン・マインド』とメルヴィンズの『フーディーニ』のアルバム・カヴァーを、タトゥーとして腕に入れているんだけど、それはアートワークとバンドが好きだってことに加えて、そのアルバム・カヴァーが私の人生を代弁しているからなのよ」

●人生を代弁ですか。

「そう。たとえば、『フーディーニ』のアートワークって、2人の子供が興味深そうに奇形の子犬を見ているでしょ。それって子供がこれまでとは全然違う世界を知ることの暗喩に思えるし、『グリーン・マインド』の女の子からは自信と思慮深さが窺えるけど、どこか寂しそうで世間知らずという印象もある。『GOO』のアルバム・カヴァーには『私は姉のボーイフレンドを寝盗り、両親を殺して旅に出た』って書いてあるでしょ。私の10代って、まさにそんなだった。もっとも人生を代弁していると言っても、家出する前と家出してからのことだけどね。それからのことは、まだタトゥーを入れてないから明かしていないのよ。まぁ、そのうちわかるとは思うけど。ともあれ、私のタトゥーは私にとってかけがえのないバンドを示すと同時に私の半生を物語っているってわけ」

●他に好きなバンドと言うと?

「イーグルズ・オブ・デス・メタル、クイーンズ・オブ・ザ・ストーン・エイジ、マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン、ピクシーズ。私、ニルヴァーナとソニック・ユースを聴きながら育ったのよ。カート・コバーンとキム・ゴードンが私のパパとママよ(笑)。その頃、1日中、家でひとりぼっちにされていた私は、彼らに育てられたようなものね」

●バンドを初めて組んだ時のことを教えてください。

「いいわ。不思議なことにウィキペディアなんかでは、ブラッディー・マネキンが私の最初のバンドってことになっているけど、私、ブラッディー・マネキンズ以前にいくつもバンドをやっていたのよ。最初のバンドはフェイン・セクシー(Fain Sexxxy)っていうんだけど、3コードを弾けるようになってすぐ友達と始めたから11歳の時ね。学校が休みの日、演奏させてもらえる未成年可のクラブならどこでも演奏したわ。年齢を偽って、19歳以上でないと、出入りできないクラブに出演したこともあったっけ。そう言えば、本当の歳がバレても、『12歳の子供を出演させたって言いふらすわよ』ってプロモーターを脅して、出演しつづけたのよね(笑)。いけないことだとは思ったけど、トロントではそうでもしなきゃ、子供がクラブで演奏するなんてことできなかったのよ」

●ブラッディー・マネキンズは何歳の時、始めたんですか?

「15歳か16歳の頃ね。でも、それ以前にいろいろなバンドを経験していたけど。いつも7バンドぐらいは掛け持ちしていたわ。バンドを1つしかやらないなんてもったいないって考えてた。その頃はリード・シンガーじゃなかったけどね。スポットライトを浴びたり、ステージの真ん中に立ったりするのは苦手だった。注目されるのが好きじゃなかったのよ。でも、それを克服したとたん、契約や、その他いろいろな話をもらうようになって、やっと物事が動きはじめってわけ。挑戦すると決めたからこそ、私達は今、ここにいるのよ」

●ギターを弾きはじめる何かきっかけってあったんですか?

「8歳の時、ニルヴァーナの『ブリーチ』とソニック・ユースの『GOO』を聴いたことね。2歳の時からピアノを弾いていたんだけど、それからピアノなんてダサいと思って、家のどこかにしまいこんであるアコースティック・ギターを探したわ。習いはじめて、あっという間に投げ出した父親のアコースティック・ギターがあったのよ。それを見つけるとすぐに耳コピーしながら、ギターを弾きはじめた。たぶん、ほとんどがまちがっていたと思うけどね。でも、それしか方法がなかったのよ。家出して、高校を辞める以前、ヴィジュアル・アートの学校に通ったんだけど、そこで曲作りとギター以外の楽器にも興味を持ったわ。そう言えば、小学校のオーケストラで、何年かドラマーをやっていたのよ。だから、いまだに自分の曲のドラム・パートはすべて、私が作っている。つまり、私のアルバムのすべての旋律とドラムは、それが良くても悪くても100%ケアなのよ」

●ダイ・マネキンはガンズ&ローゼズ、マリリン・マンソン他、多くのビッグネームとツアーしてきましたが、そこからどんなことを得ることができましたか?

「音楽に対する偽りのない情熱ね。デフトーンズのチ、チノ、エイブは、私の仕事が楽しいものだということを思い出させてくれたわ。デフトーンズとのツアー中、チノはいつもDJのように『これを聴いてみろよ、これも聴いたほうがいい』と、いろいろな音楽をかけながら、彼らの経験と成長から、長い間、ツアーを続けてもなお音楽に興奮することはできるんだということを、今一度、信じられるようにしてくれた。その時、私、スランプに陥っていて、新しい音楽に全然興味も関心も持てない無気力なところからインスピレーションを得ようとしていたのよね。そんな状態からチノは『いつも自分自身でいればいいんだよ』って私を救い出して、ツアーは報酬でもゴールでもなく、楽しいことなんだってことを思い出させてくれた。一歩一歩、前に進みながら人生を楽しむことが大事なのね。あんまり将来のことにこだわりすぎると、人生はきつくなるんじゃないかな。もちろん、のんびりしている時間なんてないけど、ちょっときついなぁって思う時は、楽しんでいる自分をイメージするようにしているのよ」

●ビッグネームとのツアーにまつわるおもしろいエピソードって何かありますか?

「ハハ。もちろん、あるわよ。でも、ほとんどがR指定ね(笑)。NOFXのファット・マイクとスイスの山の中で不思議な夜を過ごしたこととか、フー・ファイターズと一緒だったドイツとか、楽しい思い出もいっぱいあるわよ」

●今回、日本でリリースされた『ユニコーン・ステーキ』の魅力は、どんなところですか?

「魅力? ハハ。リスナーがダンスできるような――それも下着姿でね、そういう曲をいつも作っているつもりだけど、そうね、『ユニコーン・ステーキ』の魅力は、リフはヘヴィィーだけど、激しいビートとシンガロングできるキャッチーなサビもめいっぱいあるところね。その興奮を感じ取ってほしいわ!」

●今年9月、カナダで新しいアルバム『Fino + Bleed』をリリースしましたよね。

「ええ。人間としてもアーティストとしても成長できていたらいいけど。だって、成長していなかったらサイテーじゃない? もちろん、ソングライターとして何も恐れずに冒険したし、サウンドもライヴに近づけた。曲作りと同じぐらいサウンド面にもこだわったのよ。リスナーがまるで旅しているように感じられる作品にもしたかった。全曲が気に入ってもらえるような作品にしたかったのよ。1曲か2曲しか気に入ってもらえないアルバムなんてサイテーでしょ。『Fino + Bleed』は全然違うタイプの曲が入っているけど、どの曲も110%ダイ・マネキンよ」

●ダイ・マネキンにとってゴールとは?

「私、ゴールを考えられるほど頭がいいわけじゃないのよ。やりたいことをやりつづけることかな。陳腐な答えだけどね。うーんと、そうね、大切なのはニルヴァーナとかソニック・ユースとか、私が子供の頃に聴いていたバンドから得たものを、これから大人になる子供達に返すことかもね。それがロック・シーンのサイクルだものね。そう、今度は私が返す番なのよ」

●忙しい中、インタビューに応じていただいてありがとうございます。

「こちらこそ、ありがとう……あ、違う違う! そうじゃない。やっぱり、こうでなきゃ。心から感謝を込めてありがとう!」

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ユニコーン・ステーキ/ダイ・マネキン(スピニング SPIN-012)

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